5年ぶりにLINEのアイコンを変えた。ただそれだけだけど。
2024/03/13 16:00
関係性の変わってしまう瞬間。ひとりでに訪れる動物園のパンダ。インターホンのベルは壊れたままで、誰の訪問も受け入れられはしません。ポストカードが壁にて輝く。頬のほくろをなぞる。巾着をひらいてはとじる動き。何も生み出さない。キッチンのひかりだけが灯る。365日24時間営業中の部屋。誰の来訪も拒まれはしません。洗濯物は乾かない。
2024/03/11 0:02
胃の中がひっくり返るようだった。妬みとも嫉みとも僻みともつかない感情がバッテリーになるような精神を養いたい。人の幸せは憎くない。空腹は満たしたい。ベーコンとキャベツのペペロンチーノを作ろうと思う。
2024/03/09 0:37
KBS京都で大友良英のJAMJAMラジオを聴いている。金曜の深夜はこの番組を聴いてそのまま地続きに、霜降り明星のオールナイトニッポンをよく流している。好きな時間のひとつ。たしか初めて大友良英のラジオを聞いたのは、高知にいたころにときどき訪ねていたBARだった。JAMJAMラジオだったか、NHK-FMのジャズ・トゥナイトだったかはさだかではない。いつもマスターがそっとジャズやアンビエントやフォークを流す空間で、誰かの話し声であるラジオが流れているのは少し珍しいことのひとつだった。その場でradikoをひらき、何の番組かを調べた記憶がある。それからしばらく、そうして大友良英のラジオを家でも聞いていた。浅川マキをはじめて知ったのもこの店だった。インターンで金沢へ訪ねた際、2日目の参加へ向かう前に早朝から、彼女の眠る養法寺へ手を合わせに行ったことを思い出す。足の甲まで積もるほどの雪の日だった。あれからもう1年とひと月が経つ。きょう北大路のビブレから出た頃にも、湿度の高い雪がはらはらと降っていた。
沖縄への数日の滞在から帰ってきた。ひめゆりの塔で手を合わせるとき、資料館のなかをメモを取りながら歩いているとき、崩落した階段を越えてくだり人ひとりいない海の広がる健児之塔の浜へ辿り着いたとき、宿へ帰ってきてTHE BOOM「島唄」の背景について語るボーカル宮沢さんのインタビューを読むとき。帰ってきた京都で、自転車を漕ぎながら思わず島唄を口ずさんでいたとき。自分が生まれる以前の時代について知ろうとしたり、その時代を生きた人びとの人生について考えたりするときになる、静かに祈るような気持ち。自分とて、生きているだけで尊いのだと信じる気持ち。
『初恋、ざらり』を読んだ。胸が打たれていくつもの記憶が想起されるような切なさに対して、比喩ではなく本当に心臓がズキズキとするその感覚を久しぶりに思い出した。
2024/02/26 2:35
日付変わって月曜。穏やかに色々な用を済ませる三連休だった。
金曜は大阪へ。地下鉄烏丸線と阪急を乗り継ぎ梅田着。King of Kingsで一息つこうと思ったものの、祝日のためか定休のようだった。駅前第一ビルから第二ビルまでをうろうろと散歩。行き着いたB2階のシャトレーヌでココアフロート。まるでネットカフェのオープンブースのように、接近した席と席のあいだに衝立がたつ。紫煙ゆらめく店内。これぞ駅前ビルの地下という、重たい空気の積もり方。屋上にある徳兵衛大明神までエスカレーターで登り散歩。お参り行くも屋上は無人。聳え立つ梅田の摩天楼をバックに腰を据える鳥居は、さながら天気の子のワンシーンのようだった。
京都からのおつかいであるりくろーおじさんのチーズケーキを求めに大丸梅田へ。1時間待ちという行列に半ば顎を外しながら、代替にピエールエルメのメレンゲクッキーを購う。
中之島へ移動。福島駅で降りる。ほのかにある空腹感を美術館へ入ってしまう前に埋めておこうと、たこ焼き屋に立ち寄る。たこ焼きのポン酢を注文。付け合わせに天かすとがり。座って食べていると、道路挟んで向かいに「ちひろ菓子店」という看板が見える。立ち寄ってフィナンシェとエチオピアゲイシャのドリップバッグをひとつずつ買う。
国立国際美術館へ。おめあては開館再開後初のコレクション展である「身体ーーー身体」。B1階すぐに展示されているマーク・マンダース「乾いた土の頭部」は見るたびに新たな気持ちで目の前に立てる作品のひとつだなと思う。たくさんの好きな作品ができた。フライヤーモチーフにも選ばれているルイーズ・ブルジョワ「カップル」はやっぱりすばらしくて、すばらしいというよりも、こういうふうに作品の前やその空間から離れがたい、離れることをまるで許されないようにすら訴えてくれる作品と出会うためにわたしは美術展に行くのだと再確認するようだった。17時入館、20時まで滞在。
退館し、10分ほど東へ歩く。公会堂へ。中を30分ほど散歩。こうしてゆっくり入って見たのは初めてかもしれない。たしか前に来たのは5年ほど前。アートエリアB1に訪れた合間に立ち寄った記憶。あの日もたしか雨だった。淀屋橋まで歩いて戻り、メトロ乗り梅田へ。
新梅田食道街でクリームパンとブリュレあんぱん購う。後者はお土産。前者は糖分を欲する自らの身体へ即座に摂取。JR京都線高架沿いに歩き、数ヶ月ぶり2度目の訪問である「天丼あさひ」へ。上天丼食す。温かいお茶もいただく。
肩の凝りを感じ、少し早めの帰路へ。阪急と地下鉄烏丸線で、某駅下車。地下鉄烏丸線沿いというのはさては本当に便利な路線だと振り返りながら帰着。
土日のことも書こうかと思ったけれど力尽きた。人の旅行記を読み、ふとPeople In The Box「翻訳機」を聴き、取った筆を置く深夜3時。
2023/12/17 1:11
首と耳の隙間に風が吹くように、寂しさが訪れた。ぱたり、むくり。なか卯のいくら丼が美味しそう。深夜、お腹空いたねと言いながらつないだ手を片方のポケットに詰め込んで、歩く人たち。ふたり。夜更けの泡がぷちぷちと弾けるように朝が訪れる。しずかに朝を待つ。あたま大盛りを待つ。喫茶に入り、店内の暖かさに油断する。あ、ええとミルクティーをアイスで、お砂糖ありでお願いします。はーい。大きな窓の外には暗がりが見え、しかし奥には花屋が光る。もらったデルフィニウムがドライになる日。ウィルキンソンの緑の瓶。トニックウォーターの買いだめとかしてみたいよね、とAmazonを開く。神戸居留地が出している缶。雨の音が聞こえる。あなたにも朝が来る。
2023/12/09 22:40
なんでもない(というのはまったくの嘘である)ことを思い出した。数日前に知人と賞レースの話をした。そのときその彼は「THE WってなんでM-1と同じ12月にやってんねやろ。そもそもTHE Wっていう大会の存在価値がまったくわからへんねんな。なんで女芸人だけをフューチャーすんねん。THE W(Woman)があるんならTHE M(Man)が絶対にあるべきやろ」と言っていた。埋められない断絶に気づくときのかなしさ。この瞬間、昔テレビのある討論番組で田嶋陽子が橋下徹と交わしたという会話を思い出しながら、目の前の相手に対してサーッと愛着が引く感覚を覚えた。
田嶋「そんなことも分からないの!? この社会そのものが男性センターだからだよ!」
— MAEDA Takahiro (@maesan) February 17, 2020
橋下は100%のキョトン顔で、わざとはぐらかしてるんじゃなく心の底から「何を言っているのか分からない」といった表情で、
橋下徹「は!? どこにあるんですか男性センター、どこにもないじゃないですか!」
わたしが「つまりそれって、少なくともいまのお笑い界全体がTHE M(Man)であることを表してるわけだよね」とそれとなく言うも、それとなく強く反論が返ってきた。そうか、こういう考えの持ち主だったか、と思った。思ったというだけのことではある。思ったというだけのことの大きさ。
追記 2023/12/10 3:37
そういえばその会話相手は「賞金が1000万円なことにも納得できひん。M-1とキングオブコントが1000でR-1が500ならTHE Wも500やろ。だって全人口中の女性割合は半分やろ。それを全芸人に対する女芸人の割合として考えたら、全体の半分の人たちにしかWの参加資格は与えられてないわけやねんから」とも言っていた。「そもそも芸人の男女比は1:1ちゃうやんか」と言い返すわたしの声のやるせなさ。反論したくもない論理というのはこの世に存在していて、そうした論理にも反駁できるような理性を身につけていたい。