明朝

全、きみに告ぐ

2019.8.31 - 9.7 記録

ブログ、つけるのさぼっていた。
思い出せる範囲で、記憶のとばりからここへ書き残しておきます。

 

・2019年8月31日

家族で岡山。たくさん紅茶を飲んだ。「強くなりたい」思う気持ちを忘れないように、ピンキーリングを購入した。

・2019年9月1日

岡山。じつはいま思い出そうとしたけどあんまり記憶がない。でもきっと家族となら何をしていても、どこへ行っても私は幸せだと思う。

・2019年9月2日

朝、キャリーケース買いにゆく。帰宅、荷造り。久々、大学。人文棟訪ねる。図書館にて、鈴木隆美(2018)『恋愛制度、束縛の2500年史: 古代ギリシャ・ローマから現代日本まで』光文社新書、を借りる。

夕、実習地。空間の暖かさ。夜、バス乗車。

・2019年9月3日

京都。朝4時すぎ着。

来たのは、5年ぶりくらい。前回は祇園花月に行ったっけ。慣れぬ土地ではどこもそうだが、バスに迷う。夜、寺町商店街。知らない街の商店街がとても好きです。歩く人、商品を見る人、店先に立つ人、私の知らない誰かの日常。垣間見ることに心が踊る一方で、時間は有限であり帰る日は決まっていることに胸を締め付けられる。

・2019年9月4日

とても美味しいラーメンを食べたのはこの日だったような気がする。高知ではラーメンが食べたくなったら、よく行く2店舗のローテーション。だから、心から美味しいと思える新しい一皿(一碗?)に出会うと嬉しい気持ちでいっぱいになる。普段食べたことのない、麺の感触や厚切りのチャーシューが幸せだった。食べ終わるのを勿体無く感じた。

・2019年9月5日

夜、なか卯で食べたカツカレーの美味しさと安心をよく覚えている。みなさんは深夜のコンビニの明るさに安心したこと、ありますか。このときの私はそれだった。なか卯の明るさ、食券、店員さんに安心した。私は普通のビーフカレーを頼んだのだけれど、テーブルにはカツカレーが運ばれてきた。「あれ、カツカレーでしたっけ?」「…あ、ご注文、ビーフカレーですね…」「ぜんぜん、ぜんぜん大丈夫です。すみません。」「カツ、乗ってても大丈夫ですか?」「ぜんぜん、いや、むしろありがとうございます。ありがとうございます。」みたいな、そういう会話。いれたての湯船に浸かるみたいな暖かさをくれた。

ホテル。深夜、大浴場。コインランドリーで洗濯。

・2019年9月6日

茶店と書店へ。六曜社、カフェコチ、三月書房、誠光堂。行きたかったこれらのお店に行くことができて、満足でした。たくさん外を歩きながら、ふらっと入ったギャラリーや画廊でその地の人と会話を交わしながら、次の場所を目指してまた歩く。こういうの、向いてるし好きだなと思います。

夕。ホテル。仮眠。ホテルは、京都駅から少し離れたところにある。深夜、イヤホンと散歩。歩いていると、八条口から直進した場所にホテルが会ったことに気づく。「ここがここにつながるんだ!」とシナプスがつながる感覚。眠れず起きておくが、朝4時ごろ眠る。

・2019年9月7日

朝、京都を発つ。時間に余裕があったため、ホテルで浴衣を着る。バス乗車。愛知へ。

あいちトリエンナーレ。ここに来られてよかった、心からそう思うような作品に出会うことができた。

以下、Twitterから感想を引用し、書きうつしておきます。

あいちトリエンナーレ、凄い芸術祭かもしれない。見始めて瞬間、涙がとまらなくなり30分程立ち尽くしてしまうような作品があった。他にも、今まで日本で見たことがないような作品がいくつもある。美術・アートやってる人、興味ある人、ただただみにきてほしい 

 

表現の不自由展のことももちろんあり「目撃する」という感覚がめちゃくちゃ強い展示。目撃してほしい。会場に入った瞬間の、薄く染み広がる疲労感のようなものや集まった人々が訳もわからないままに何かを必死で共有しようとしている感覚、これ、初めて味わう 

 

会場である愛知芸術文化センターの前には、『表現の不自由展』中止に対して、メガホンで主張をしている方が数人いた。一番大きく書かれていたスローガンは「見たかったのに!」で、妙に頷いてしまった。そう、ただ「見たかった」んだよな 

 

伊藤ガビンの作品(aichitriennale.jp/artwork/A12.ht)のクレジットに、高知県出身の美術批評家 黒瀬陽平さんのお名前があった。あと飴屋法水も。"プロジェクションマッピングの消費のされ方"へのアイロニカル。好きな作品だった 

 

aichitriennale.jp/artwork/A14.ht (↑"見始めて瞬間、涙がとまらなくなり30分程立ち尽くしてしまうような作品") 今この瞬間も生み出され続け、インターネットの海に流れていく言葉。その本質に近い物が、ここに集約されて存在しているということ。隣に座っていたお兄さんもしばらく泣いてた

 

『ラストワーズ/タイプトレース』(dividual inc.) #10分遺言 の作品。 普遍的に感受性に揺さぶりをかけてくる作品であると思う一方、それを「見せている」ことに微量の厭らしさも感じる。ただそれ以上に、目の前で止まることなく繰り広げられる生の挙動にくぎづけになる。茫然とする

 

夜。チェックイン。作業少しして、深夜、散歩。ラーメン食べる。美味しい、たしかに美味しいが京都で食べたラーメンが美味しすぎたな。と気づく。
オールナイトニッポン聞き終えて眠る。